B:不気味な飲助 ミラドロッシュ
コリブリという鳥は、花の蜜を好む。特に好物としているのが、オシュオンローゼルやレインキャッチャーといった、赤い花の蜜だ。そのためか、「ミラドロッシュ」という怪コリブリは、赤い液体に異常な執着を示すようになった……。
たとえ、それが花蜜ではなく血であったとしてもな。
~手配書より
https://gyazo.com/f48b0c5c0d5e04273e07d6426f391b12
その日ラベンダーベッドの自宅まであたし達を訪ねてきたのは見知らぬララフェルの女性だった。
彼女はあたし達が頻繁にモブハントの仕事を受けていることを黒渦団のモブハント担当官から聞きつけてわざわざ訪ねてきたのだという。まったく、あの担当官ときたら、いったい個人情報の取り扱いはどうなっているのか問い詰めたくなる。
初対面の挨拶が済ませるとあたしは彼女を一階の応接スペースに案内し、相方が来るのを待って早速用向きを聞いた。
彼女の話しでは、彼女はラノシアでは高名な生物学者らしい。だが畑違いのあたし達がそんなことを知る由もない。
彼女のもとに高地ラノシアのブロンズレイクに住む少女から一通の手紙が来たという。その内容はリスキーモブに指定されてしまった怪鳥ミラドロッシュの安全性を証明して手配書を取り消して救ってほしいのだという。
「彼女はミラドロッシュに命を救われたらしいんです」
生物学者のララフェルは続けた。彼女の話によるとその少女は宿屋の娘で、宿の夕食の食材を取りに山に入った際に野犬に囲まれてしまったという。その時ミラドロッシュが飛来して野犬を追い払ってくれたのだという。
「まぁ、その行為自体は恐らく彼女の勘違いで、ミラドロッシュ的には自分の縄張りを守ろうとしただけだとは思いますが、だけど確かに手配書の内容は出鱈目のこじつけ以外何物でもないですね」
そういうと手配書をテーブルの上に広げて見せた。あたしは手配書を手に取ると隣に座る相方と一緒に覗き込んだ。
手配書には「コリブリという鳥は、花の蜜を好む。特に好物としているのが、オシュオンローゼルやレインキャッチャーといった、赤い花の蜜だ。そのためか、ミラドロッシュという怪コリブリは、赤い液体に異常な執着を示すようになった……。たとえ、それが花蜜ではなく血であったとしてもな。」と書かれていた。
あたしは首を捻る。
「これ、人的被害は出てないんじゃない?」
ララフェルはあたしの反応に光明を見出したのか目をキラキラさせた。
「そうなんです!しかも内容自体が妄想といってもいい。コリブリが赤い花の蜜を好むのは視力が極端に弱い彼らが見つけやすいからです。それに血だるまで森を歩いていたなら万に一つ間違う事もあるかもしれませんが、草食であるミラドロッシュが人の体内に赤い血が流れている事を知っているのかすら疑問ですし、そもそも襲って傷を負わせ血を啜る事は考えられないんです」
相方が口を挟む。
「でも森で遭遇すると襲い掛かってくることもあるよ?」
「それは高地ラノシアで彼らが主食としているオシュオンローゼルやレインキャッチャーは生息地域が限られる上にその数が少ないからです。だからミラドロッシュに限らず、コリブリたちは確保した食料を取られないために縄張り意識がすごく強くて、縄張りを侵す者は相手が人でも襲い掛かります。何年かに一度ミラドロッシュと呼ばれる巨大な個体が生まれてくるのも種全体として縄張りを守るためだと言われているんです」
あたしは大きく頷いた。
「ね、言ったでしょ?」
あたしは鼻の穴を膨らませ少し胸を反らせて相方を見た。
「絶対あの担当官、リスキーモブのチョイスが出鱈目なのよ。毎回なんだか無駄な殺生をしてる気がしちゃうんだもん」
相方は得意気なあたしをチラっとだけ見るとララフェルの生物学者の方に向き直って言った。
「で、あたし達に何かさせたくてここに来たの?」
ララフェルの生物学者は弾けるような声で言った。
「ええ。ミラドロッシュが血を好む魔獣ではない事を証明するのに現地に同行して協力してもらえませんか?」
あたしと相方は顔を見合わせた。お互いに考えている事が手に取るようにわかる。
これはまためんどくさい仕事になりそうな匂いしかしない…。